第1回 体育心理学領域

体育心理学専門領域

1.あらまし

体育心理学専門領域は、日本体育学会の中の専門分科会として発足し、2年前(平成23年)に50周年を迎えました。ここ数年の会員登録は600〜700名、そして学会大会における専門領域での研究発表は、口頭・ポスターを合わせて70〜80件を推移しています。これらの数値は、本専門領域の活動が活発に行われてきていると受け止められます。体育、スポーツ、運動場面での心理的問題(例えば、運動学習、社会心理、動機づけ、心理サポート、パーソナリティ、健康運動、臨床的問題、他)を研究課題とする本領域は、扱う問題事象それぞれに多層的理解が求められることから、研究対象を特徴とするだけでなく、多様な研究方法(例えば、実験法、検査法、質問紙法、面接法、他)を用いているのもそこに加えられます。さらに、「個人差」から出発した心理学であることから、集団の平均化された比較結果に対して、推測統計(有意差検定)を他よりも多用あるいは厳密な適用がなされる傾向にあります。本専門領域とは別に、40年の歴史をもつ日本スポーツ心理学会があり、それとの差異化を図りながら、独自性の追求や連携が重要な課題となっています。

2.内外の研究動向

本専門領域では、領域内での細分化が進み、会員による自発的な研究会が結成され、より専門的そして密な情報交流がなされています。その主なものとして、「スポーツ動機づけ」「スポーツ社会心理学」「メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学」「運動学習」「臨床スポーツ心理学」研究会があり、多くが宿泊をともなった貴重な研修機会となっています。同時に、そこでは必然的に、会員間の連携が増し、いくつかの研究プロジェクトが生み出されています。また、国際レベルでの専門学会としては、国際スポーツ心理学会(ISSP)、アジア南太平洋スポーツ心理学会(ASPASP)、北米スポーツ・身体活動心理学会(NASP SPA)、応用スポーツ心理学会(AASP)他があり、近年は、それらの学会への参加だけでなく、発表件数が増えています。特に、ISSPならびにASPASPの両学会では、日本からの理事が選出され、運営にも強く関わっています。なお、本年(平成26年8月)は、第7回ASPASP大会が東京で開催され、アジア南太平洋地域から500名前後の研究者の参加が見込まれ、200件近くの演題を通して研究交流を深めることになっています。
 

3.科学的知見の応用の状況

スポーツ場面での応用・実践を標榜する関連学会では、指導・支援を行う者としての一定水準以上の知識や技術の保証ならびに向上や継続的な研鑽を目的として、学会が認定する専門資格(名称独占)が制度化されています。例えば、「スポーツメンタルトレーニング指導士」(日本スポーツ心理学会)や「認定スポーツカウンセラー」(日本臨床心理身体運動学会)他があります。両資格取得者は、アスリート、コーチ、スポーツ愛好家に対する心理支援の専門家として位置づけられることになります。この他、各種の運動・スポーツ指導者の養成カリキュラムには、体育・スポーツ心理学領域からの科学的知見が必ず盛り込まれています。それは対象である人に働きかける上で、個の心理学的理解を欠かすことができないからです。また、現場での科学的知見の応用への限界を是正すべく一つのアプローチとして、研究事象への加工(数値化)を出来るだけ少なくする試みとしての質的データの分析や、ナラティヴ研究が増えつつあります。さらに、運動学習で認められる「身体と環境との相互作用」に注目した研究からも、研究事象の「現実」に迫ろうとする新たな動きが読み取れます。
 

4.学校体育や大学体育に活かすべき最新知見

体育学習・指導の問題について、以前は、本専門領域が現場での研究にも着手していたが、現在ではそれらが他専門領域(例えば、体育科教育学)の研究課題へとシフトしているように見受けられます。しかし、学習や指導を支える知見への科学的裏付けとなる研究は、運動学習、動機づけ、社会心理学の研究グループによって精力的に行われています。本領域では、運動部活動に注目した研究が多く、チームとしての生産性を高める「集団的効力感、チームビルディング、リーダーシップ」や、古くて新しいテーマとも言えるスポーツ経験とパーソナリティ形成を「ライフスキル」、そして体育学習への意欲的な取り組みを「自己効力感、有能感」といった心理学的概念を援用して、それぞれの課題・問題解決に取り組んでいます。大学体育においては、体育授業による学生のメンタルヘルスの向上や生涯スポーツにつながる運動行動変容あるいは運動継続における習慣形成の促進などの基礎、応用的研究での成果が活かされているようです。
 

5.若手研究者へのメッセージ

「基礎(土台)がしっかりし、広ければ広いほど、大きな高い建物を築くことができる」というのは、研究においても同様だと考えられます。特に、人の「こころ」は複雑であり、解明にも困難さが伴うことから、その研究への取り組みには、幅広い人間理解につながる知識、技術を学んでおくことが大切となります。また、体育・スポーツが人を対象とすることから、単一の研究アプローチでは限界があり、他領域との連携が求められます。本専門領域は他領域との連携を行う上で、中心とはならなくとも、果たす役割は大きく、欠かす事のできない研究領域と考えます。その意味では、本領域の独自性につながる専門性の追求により、質の高い他との連携を積極的に実現していくことが大切だと考えます。また、心理学は「自分のため」にあると考えられることから、まずは学んだ知識を自身の体育・スポーツ経験の振り返りに役立てていかれると良いです。
 

6.引用文献

な し
(2014年6月1日執筆)